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戸田奈津子

自己紹介 -Natsuko Toda-

お茶の水付属同窓会でのトーク収録

 

映画が好き

 

終戦が昭和20年。小学校4年生で疎開から東京に戻り、数年後に洋画が解禁。小学校高学年で初めて洋画というものを見て、他には何も楽しいことのない灰色の焼け野原でしたから、たちまちハマって映画を見続けることになりました。母校のお茶の水は自由な校風でしたから、映画を見に行ってはいけないという規制が無かったので、私は帰りに池袋などの映画館によく通っていました。学生時代は映画を見まくっていただけで、仕事に結びつくなんて一切思いませんでした。もちろん字幕に依存していたのですが、字幕にあまり注意を払った記憶がありません。95%の意識は画面のドラマにあって、あとの5%ぐらいで字を追って内容を理解するのです。基本的に観客が字幕そのものを意識することはまず無いですし、意識させる字幕は下手な場合が多い。映画を見終わったあとに、あたかもその俳優が日本語でしゃべっていたかのように違和感がない、それがいい字幕なのです。

第三の男

 

私を決定的に映画ファンにした一本の映画が「第三の男」。本当に素晴らしく、50回位見ました。字幕もほとんど覚えてしまって、その中にひとつ印象的なものがありました。戦後のウィーンの話で、ある男がウイスキーのグラスを持ちながら、「今夜の酒は荒れそうだ」と言ったのです。私は父が戦死したので、男のいない家庭で育ち、酒が荒れるという表現を知りませんでした。かっこいいセリフだなあと、懸命に聞き取ると"I shouldn't drink it. It makes me acid" これを飲んじゃいけない。この酒は私をacidにする。“Acid”は酸ですし、ダブルミーニングで機嫌を悪くするという意味があります。それを「今夜の酒は荒れそうだ」うまいと思いません? 字幕は直訳ではなく、エッセンスを実にうまく表現しているということをその場で意識し、面白いという感触を得ました。

大学卒業後、字幕翻訳者を志す

 

とにかく映画が好きで、それに素晴らしいおまけ、英語に興味を持つというボーナスがありました。大学を出てやっぱり映画しかないというので、字幕という職業を志したのです。ところが、当時劇場用の字幕をやっているのはすべて男性。5〜6人の男性が塀の中にいて入る術がない。長期戦を覚悟しましたが、長期も長期、20年間入口のない塀の外をうろつき、映画の仕事に就けませんでした。他の仕事で稼ぎましたが、映画が好きなら評論家になるとか、宣伝部に入るとか、他にも映画の仕事はあります。でも、私は字幕の仕事にこだわったのです。まず英語が関係しているそれにフィクションの世界に入ってドラマを作る、そこが私には魅力でした。

20年かかって夢がかなう

 

大学を出て10年間は映画界に近づけず、10年を過ぎてやっと映画会社でパートのアルバイトにありつきました。英語はお茶の水と津田塾で勉強し、書いたり読んだりはまあまあ出来たので、レターを書くようなことをしていました。ある日、俳優が来日することなり映画会社はパニック。その頃は俳優が来ることがまずなかったのです。通訳が必要ですよね。それで「あなたやって」と言われ、会話は出来ないと抗議しましたが記者会見に出され、しゃべれなくて、しどろもどろ・・・。せっかくアルバイトにありついたのに、こんなヘマをして、もうクビだと思ったのに何故かなりませんでした。次に誰か来たら、あれでいい、またお願いしますと言われてびっくりしました。会話力はゼロでしたが、映画のことは知っていたので、題名、監督から俳優全部の知識がありました。知識があると会話は何となく通じるものなのです。普通映画ファンが向こうの監督やスターに会うことはまずありませんから、この仕事はものすごい魅力ではありました。それで恥をかきつつも、この仕事が一人歩きし始めたのです。でも、字幕はさせてもらえない。映画会社は社運を懸けて何百万円も払って映画を買うのですから、やはり頼んで安心な翻訳者を選び、素人の練習台にはさせてくれない。字幕が出来ないままに通訳として動き出してしまいました。その間、10年。お会いした大勢の映画人の一人が、フランシス・フォード・コッポラ監督でした。私の大恩人なのですが、「ゴッドファーザー」を作り、アカデミー賞を受賞。当時は「地獄の黙示録」というベトナム戦争を扱った大変な話題作を撮影中で、アメリカから日本を中継してフィリピンにロケに行く。日本に立ち寄るといつも私がガイド兼通訳のようなことを頼まれ、可愛がっていただきました。1979年に完成した「地獄の黙示録」は衝撃的な映画で、CGなどに頼らず人間の手で作った最後の大スペクタクル映画です。出来上がるまでに2年以上を要した大作でしたが、コッポラ監督は私が字幕をやりたいという事を知っていたので、私は知りませんでしたが、「彼女にやらせて」とひとこと映画会社に言って下さっていたのです。それで、ほとんど素人だった私にその大作が回ってきたのです。

字幕翻訳者として

 

字幕でブレイクするのには年月がかかりましたが、仕事は忙しくなりました。一本に一週間、お情けでせいぜい10日ほどしか時間をもらえない時も。しかも一人でやる。助手は使いたいけど使えない。なぜならばドラマが崩壊してしまうからです。一幕、二幕、三幕のハムレットが別々だとどうなるでしょうか?ハムレットの人格に一貫性がなくなり崩壊してしまいます。翻訳も分業をすると微妙な言葉使いが変わり、ドラマが崩壊してしまうのです。一年は52週ありますが、ピーク時には年間50本近くやったこともあります。今考えるとよくやったと思いますが、好きなことがやっと出来たのが嬉しくて疲れ知らずでした。日本人は外国の映画を字幕で見ますよね。欧米では吹き替えが常識です。日本人はなぜ字幕を好むのか。これは面白いテーマです。外国への好奇心と憧れが強い。俳優の本当の声を聞きたいと思う。そして識字率が高かった、などが理由でしょう。ところが最近は若者の活字離れで、字幕より吹き替えが好まれる傾向が強くなっています。吹き替えを好む理由が国語力の低下にあるとしたら、これは由々しき問題です。美しい日本語、日本文化を守るためにも、ぜひ立場ある人たちが若い人たちを指導していただきたいと願っています。

著書『字幕の中に人生』(白水社) 6月1日号「週間朝日」紹介記事掲載

代表作

 

「E.T.」The Extra Terrestrial

公開年  1982年
製作国  アメリカ
監督  スティーヴン・スピルバーグ
配給  ユニバーサル映画、CIC

 

「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」 INDIANA JONES AND THE RAIDERS OF THE LOST ARK

公開年  1981年
製作国  アメリカ
監督  スティーヴン・スピルバーグ
配給  パラマウントピクチャーズ

 

「タイタニック」 TITANIC

公開年  1997年
製作国  アメリカ
監督  ジェームズ・キャメロン
配給  20世紀フォックス映画

 

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