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第1回 始まりはフランス映画社

フリーライター 佐藤友紀 × 字幕翻訳家 菊地浩司

第1回 始まりはフランス映画社

 

プロのインタビュアーにインタビュー。

“ジョニー・デップに最も近い日本人”と言われ、

戸田奈津子さんをして

“日本でナンバーワンのインタビュアー”

と言わしめた方とは、一体どんな人なのか?

戸田さんとの出会いと伝説のフランス映画社

菊地

プロのインタビュアーにインタビューってすごいよな。俺は今回でインタビューするの2回目なのに…。
前回、戸田さんにインタビューした時に「日本でナンバーワンのインタビュアー知ってる」って、佐藤さんを紹介していただいたんです。

 

佐藤

え〜!? すごいね。

 

菊地

いや、ほんとにそう言ってたの。

ところで戸田さんとはどういうお知り合いなんですか? やっぱりインタビュー?

 

佐藤

ん、インタビューもそうなんですけれど、よくよく考えたら、フランス映画社(※1)さんの集まりで、亡くなった川喜多和子(※2)さんとか、柴田(※3)さんとかに戸田さんと引き合わせていただいたのかな。当時、監督が来日すると集まりみたいなのがあったんです。
そのあとは、もちろん私がインタビューするときに戸田さんに通訳していただいて。それでだんだん顔を覚えていただいたと思うんですよね。徐々に怪しい人物じゃないって認識してもらったと思います(笑)。

 

菊地

フランス映画社の集まりって言ったけど、昔はそういうのやってたの?

 

佐藤

当時フランス映画社さんて、いい意味でサロン的な面もあって、私の場合は、本当にかわいがっていただいていました。フリーランスって、バックグランドも何もないじゃないですか。大事だと思います、案外そういうの。

 

菊地

川喜多さんの私邸で?

 

佐藤

そうです、白金にある、和子さんと柴田さんのご自宅で。

ジョニー・デップが一番最初に川喜多邸に来た時は、ジム・ジャームッシュ(※4)と一緒にちゃんと靴脱いで、座敷に座っていました。フランス映画社ってジム・ジャームッシュが凄く信用してたので、ジョニーも信用していたんですね。だって最初の「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(※5)の時から日本に入れていたんですもんね。彼らに共通していたのは、オフビートのお笑いがとっても大好きだったことです。
川喜多和子さんも、いわゆる映画の王道を行くお家に育っていながら、決まりきったシネサイド的なものよりも何かちょっと変テコなものの方を喜ぶ人だったんですよ。

 

菊地

そうなの。

俺はフランス映画社は全然縁がなかったけど、独特のいい文化を持ってますよね。ちょうど’70年ぐらいにゴダール(※6)とかが出てきた時、一番中心になってやっていた。

 

佐藤

そうですね。ご夫婦でやってらしたんだけれども、(配給する作品は)10回観て気に入らないと買わないって伝説があって、ある時「そうなんですか? 『1900年』(※7)って5時間あるから10回観たら50時間じゃないですか」って言ったら、「それはオーバーよー。せいぜい5回よ」って。

たいしたもんだなと(笑)。

 

菊地

すごいな(笑)。ところで佐藤さんは戸田さんと舞台を一緒に観たりする事もあるとか?

 

佐藤

ええ。戸田さんて、あんなにエスタブリッシュされているのに、腰が低いし、かつ、好奇心が旺盛で。
私は映画だけじゃなくて舞台とかそういう分野でも、インタビューの仕事をしているので、そっちの方に強いっていうのが分かるんでしょうね。「なんかオススメない?」とか聞かれて、「こっちのがいいですよ」ってオススメしたり。

 

菊地

戸田さんから『白鳥の湖』を観たと聞きましたけど?

 

佐藤

そう。『白鳥の湖』がアダム・クーパー(※8)の主役で来た時に私がチケットを買って、アダム・クーパーが何日に出るかっていう裏情報も教えてあげて。偉そうに(笑)。戸田さんの反応、面白かったですよ。
観てると「そう来たかー」とか、戸田さんがおっしゃってたりするの。

 

菊地

戸田さんが?

 

佐藤

うん(笑)。すごい楽しかった。思いがけなかったんでしょうね、やっぱり。

いわゆる“男版白鳥の湖”って大まかには知っていても、細かい所で「あ、こここうなんだ」っていう。すごく集中してらしたと思うんですよね。

ジョニー・デップに最も近い日本人

第1回 始まりはフランス映画社

菊地:

ところで、日本で一番ジョニー・デップに近いって言われてるのはどうしてですか?

 

佐藤:

へへ、じゃあちょっと自慢げに見せちゃおうかな。(ジョニー・デップのサインを取り出して。)

ちょっと声に出して読んでみて。

 

nolly:

“For my Yuki, because you are pure and beautiful, and i/we love you!!!” ですって!

 

一同:

おぉ〜っ!!(一同驚きの声)

 

nolly:

これジョニーが書いたんですよね? 絵も。

 

佐藤:

そう。これが証拠写真。

第1回 始まりはフランス映画社

nolly:

(悲鳴)抱かれてますっ!

 

佐藤:

ねー、かっこいいよね。

最初の出会いは、『デッドマン』(※9)です。川喜多かしこ(※2参照)さんと和子さんが亡くなって、そのメモリアルがあるからって、柴田さんに誘われて初めてカンヌに行ったとき。

そこで初めてジョニーに会ったんですけど、ジョニーが私たちを見て一番最初に、「日本語できなくてごめんね」って言ったの。「僕だけができなくて」って。そんな人初めてですよ!

「いいんです、あなたスターなんだから!」みたいな(笑)。

後から人に聞いたんですけど、どうやら私の顔に「すきすきすき!」って書いてあったらしく、ジョニーもそれを感じ取ったようで。

 

菊地:

なんかその光景は目に浮かぶようだね。

 

佐藤:

それで、ジョニーもインタビューを楽しんでくれて、終わってから「souvenir photo(記念写真)だけいいでしょうか?」って聞いたら、「sure!」って言ってくれたんです。

カンヌは写真当然ダメなんだけど、もう撮影大会になって、スポーツ誌のおじさんたちまでパチパチやり始めて。すんごい幸せだった。
最後に私が持って行った小さなお香をお土産に渡したら、なんとジョニーがキスしてくれたんです!

パブリシストのおばさんも、いつも付き添ってるジョニーのお姉さんも「ジョニーはキスしないのよ!」って驚いてました。

なんでかって言うと、『21ジャンプ・ストリート』(※10)っていうドラマでアイドルになったときに、熱狂的なファンにほっぺたをかじられたから(笑)。

それ以来キスはしないのよ、って。

 

菊地:

そこから交流が始まったわけだ。

 

佐藤:

そう。「次に日本公開のときは絶対に来てください」って言ったら、半年後くらいに約束だからって来てくれました。

用語解説

※1―――フランス映画社

1968年設立。社長・柴田駿、副社長・川喜多和子(1940〜1993)。

ジャン=リュック・ゴダール、ヴィム・ヴェンダース、ジム・ジャームッシュといった監督の作品を多く取り上げ、商業ベースに乗りにくいとされたインディペンデント系の作品を数多く日本に紹介した。

 

※2―――川喜多和子(1940〜1993)

東和映画株式会社(現在は東宝の傘下に入り、東宝東和株式会社となっている)の前身である、東和商事を設立した川喜多長政(1903〜1981)と、ベルリン・カンヌなどの国際映画祭の審査員も務めた川喜多かしこ(1908〜1993)夫妻の長女。

映画監督を目指し伊丹十三と結婚したこともあったが、のちに生涯最愛の人である柴田駿氏の主宰するフランス映画社に入社し、副社長となった。

 

※3―――柴田駿

フランス映画社社長。妻の故・川喜多和子とともに海外を飛び回り、知られざる名作を日本に配給。

 

※4―――ジム・ジャームッシュ Jim Jarmusch(1953〜)?アメリカ・オハイオ州出身の映画監督。メジャー系の監督とは一線を画した、独自のスタイルを持つ芸術的な作品が多い、インディペンデント系を代表する監督。3編のオムニバス形式の映画『ミステリー・トレイン』では工藤夕貴と永瀬正敏も出演。近年、ビル・マーレイ主演の『ブロークン・フラワーズ』ではカンヌ映画祭審査員特別大賞を受賞した。

 

※5―――映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』STRANGER THAN PARADISE(1984)

ジム・ジャームッシュ監督長編映画第1作。フランス映画社配給。

2人の青年と1人の少女のふれあいを描いたモノクロ作品。

 

※6―――ゴダール

ジャン=リュック・ゴダール Jean-Luc Godard(1930〜)
フランス・パリ出身の映画監督。1950年代末からフランスにおいて起こった映画運動ヌーヴェル・ヴァーグ(フランス語で‘新しい波’の意)の旗手。『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』などの作品で知られる。

 

※7―――映画『1900年』NOVECENTO(1976)

ベルナルド・ベルトルッチ監督。フランス映画社配給。

1900年の同じ日に生まれた、大農場主と小作人という身分の異なる2人の男性の友情と確執を描いた作品。316分という大長編。

 

※8―――アダム・クーパー Adam Cooper(1971〜)

イギリス・ロンドン出身のバレエダンサー。マシュ・ボーン振付、演出、脚本による「白鳥の湖」の主役に抜擢され“男性版・白鳥の湖”が話題となる。映画『リトル・ダンサー』のラストシーンで、成長した主人公ビリーに扮し「白鳥の湖」の音楽にのって大ジャンプを見せたが、本作がきっかけで彼のファンになった人も多いはず。

 

※9―――映画『デッドマン』Dead Man(1995)

ジム・ジャームッシュ監督、ジョニー・デップ主演。フランス映画社配給。

ニール・ヤングが音楽を担当した、一風変わったロードムービー。

 

※10―――TVシリーズ『21ジャンプ・ストリート』21 JUMP STREET(1988〜1989)

ジョニー・デップをスターにした、若き刑事の物語。ブラッド・ピット出演の回もある。

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