★007大百科 【対談:戸田奈津子氏】
2009.11.05
「007大百科」出版記念インタビュー!!
「戸田奈津子が出会ったジェームズ・ボンドたち」
聞き手:菊地浩司(字幕翻訳者、ACクリエイト株式会社 代表取締役)
AC Booksの09年1月の新刊、「 007大百科 」刊行を記念して、菊地浩司×戸田奈津子さんのスペシャル対談が実現しました!今まで来日したボンド俳優にはすべてお会いしているという戸田さんは、09年1月24日公開となる新作「007/慰めの報酬」でも劇場字幕翻訳を手掛けていらっしゃいます。
普段からプライベートでも仲の良いお二人に、007の魅力について熱く語っていただきました!
菊地:
「007大百科」の出版にあたって、あらためて振り返ってみたんだけれど、僕が翻訳したビデオのボンド映画の中では、ロジャー・ムーアの作品が一番多かったね。
戸田:
劇場封切りでは、「死ぬのは奴らだ」以降のロジャーの劇場作品は、私が全部翻訳していると思うわ。ショーン・コネリー作品は高瀬鎮夫さんだったから、私は一本も翻訳していないの。ただし「番外」のショーン作品、「ネバーセイ・ネバーアゲイン」(1983)は、私が担当しました。ショーンが来日して初めてお目にかかったのは、その作品。
[思い出がいっぱい]
戸田:
ボンド俳優全員に会っているか? って聞かれたから、アルバムを持ってきたの。2代目のジョージ・レイゼンビーだけは来日しなかったから、会っていないけれど。これは、「ダイヤモンドは永遠に」(1971)のガイ・ハミルトン監督とラナ・ウッド。お姉さんのナタリー・ウッドよりもきれいだと思わない? (ロジャーを見ながら)このころの彼は輝くハンサム男だった! 見とれちゃうくらい、モーレツにかっこいいの! これは来日記者会見の写真ね。
菊地:
すばらしいね。会った回数はロジャーが一番多い?
戸田:
回数なら、そうね。出演本数も多くて、ボンドと言えばショーンかロジャーかって言われるほどだから。
菊地:
戸田さんも若いね。
戸田:
何言ってるのよ! 1971年よ、当たり前じゃない(笑)。このころは私も暇だったから、ちゃんとアルバムに貼ったりしていたの。
菊地:
僕は大学を出たばかりだった。当時、スターはめったに日本には来なかった。
戸田:
そうよ。だから、もっと騒がれたわ。今みたいに毎日ハリウッド・スターが来ているような、日常茶飯事の感じではなかった。来日すると、東京で3日くらい取材や記者会見に費やしてから大阪でも記者会見、その後に京都で少し遊ぶというのがパターンで、1週間くらい滞在していたわね。
菊地:
昔はパーティがあったり、京都旅行があったりしたのだけれど、今は東京の取材後、すぐ帰ってしまう。
戸田:
トム・クルーズなんてプライベートジェットで来て、滞在20時間なんてこともある。自分の家ごと移動するって感覚かしら。
菊地:
ある意味、つまらない時代になったよね。
[タイトルの魅力]
菊地:
第1作「ドクター・ノオ」が日本で公開されたのは1962年。僕は中学生だった。
戸田:
私は、今はない日本ユナイト映画で、水野晴郎さんの下でアルバイトしていたころだわ。当時の日本でジェームズ・ボンドを知っている人ってほとんどいなかったの。だから、“Dr. NO”ってタイトルだけ来ても、どんな映画かサッパリわからない。マジに「医者はいらない」という解釈をした人がいたくらい(笑)。フィルムが来てどういう映画かがわかって、「007は殺しの番号」というタイトルで封切られたの。そうしたらこれが大ヒット! その後、「ドクター・ノオ」というタイトルで再び劇場にかかったという異例の映画です。
菊地:
水野さんは本当にやり手の宣伝部長だったんだ。
戸田:
飛ぶ鳥を落とす勢いだったわよ。あの内容だから、あたるに決まっているけれど。
菊地:
この翌年が「007危機一発」(1964)だった。
戸田:
1972年に「ロシアより愛をこめて」というタイトルでリバイバル上映されたのよね。この作品は、だれもがシリーズ上位に挙げる、すばらしい出来。シリーズ最高といえるかもしれない。これでボンドシリーズの地位が不動のものになった。
菊地:
僕もトルコで地下宮殿に行った。映画と同じだったから、心が震えたよ。
戸田:
オリエント急行での格闘シーンもよかったわね。悪役ロバート・ショウにスゴ味があって、ナイフを仕込んだ靴でボンドを襲うオバサンも迫力あった!
菊地:
「ゴールドフィンガー」(1965)で、また大きな話題を呼んだよね。全身を金粉で塗られて死ぬっていう有名なシーンがあるけど、たぶん死なないと思うんだ……。
戸田:
舞踏経験者のあなたが言うなら本当でしょう。
菊地:
舞踏では黄銅を使うんだよ。サラダ油と混ぜて身体に塗ると、終わった後に緑青ができるんだ(笑)。ちなみに、アルミの粉を使った銀粉ショーをやったとき、ジル・マスターソンみたいに死ぬんじゃないかって心配する仲間もいたよ。ボンド映画は、タイトルがみんないいよね。わかりやすいし、作品をよく表現している。
戸田:
並べて見てみると原題の邦訳だとわかるわね。From Russia with love、だれが訳したって「ロシアより愛をこめて」となるもの。
菊地:
主題歌も毎回いいよね。
戸田:
この本にもあるけれど、シャーリー・バッシーの歌はとくに迫力があったわ。
菊地:
「007は二度死ぬ」(1967)は、日本ロケで大きな話題になったよね。映画として成功したと言えないかもしれないけれど。
戸田:
ハリウッド製の日本て感じね。
[私が出会ったボンド俳優たち]
戸田:
ショーンは、「007は二度死ぬ」のロケでは日本に来たけれど、宣伝で来たのは「ネバーセイ・ネバーアゲイン」。ジョージ・レイゼンビーは日本に来なかった唯一のボンド役者。モデルから出発して抜擢されたのに、この作品以降は特に目立つ作品がなかった。
菊地:
この本によると、今は実業家として成功しているらしいよ。
戸田:
私は、字幕的にはロジャーの作品から関わりはじめたの。ロジャーは結局、7作も続けたわけね。
菊地:
ボンドと言えば、僕はロジャー。 リアルタイムで彼の作品をよく観ていたし、覚えているね。
戸田:
私はショーンの強烈な洗礼を受けてしまったから、「やっぱりボンド役はショーンが一番」って思ってしまうわ。ロジャーが日本に来たのは3回くらいかしら。空港までインタビューに行ったこともあったわ。彼は、絵が上手でね。取材の空き時間って手持ち無沙汰になるじゃない? これはもらってとってあるものだどど…… 即興でアレンジして絵にするからアルファベットを書けって言われて、Sを書いたの。そうしたら、ぱぱぱっとイラストにしてくれて。ちょうどウォーターゲイト事件で世の中が騒ぎ出したころで、ニクソン大統領を描いてくれた。
菊地:
上手だね。
戸田:
でしょ?でも、あれだけの男前だったら、絵の勉強よりも俳優としての人生を選ぶわよね(笑)。ティモシー・ダルトンやピアース・ブロスナンも来日を果たしました。
菊地:
ティモシーはどんな俳優だった?
戸田:
映画でもプライベートでも、いつもふざけているようなロジャーやピアースと比べると、まじめなボンドよね。二人のような洒落っ気はないけれど、ルックスがとてもボンドらしい。だからなのか、プロデューサーのアルバート・ブロッコリから熱烈なラブコールを受けての出演だったのよ。固い芝居ができる、硬派な俳優ね。
菊地:
舞台経験も豊富らしいね。シリアスなボンドを作りあげた。次のピアースは?
戸田:
ピアースもポーカーフェイスで冗談をとばすところはロジャーに劣らなかったけれど、見てわかるように線が細いでしょ? あれだけのアクションをこなしたために、すっかり腰を痛めてて、時にはまっすぐ立つのもつらそうだった。でも、「天下のジェームズ・ボンドが腰痛持ち」じゃサマにならない(笑)。マスコミの前ではいつも笑顔で、背筋まっすぐ。ボンド役をこなすのも大変だ、と脇で同情していました。ロジャーとピアースは映画でもプライベートでも、いつもジョークを飛ばしている。真面目な顔をして嘘か本当かわからないようなことを言う英国のジョークって、翻訳するのが本当に難しいのよね。
菊地:
翻訳しようがないものだし、たとえ訳せてもたいていのジョークでは日本人はおもしろいと思えないから、通訳が悪い、翻訳が悪いってなってしまうんだよね(笑)。6代目ボンド、ダニエル・クレイグはどんな人だった?
戸田:
とてもまじめで良い人よ。来日したときはまだ、自分のボンドがどう評価されるのかまったくわからない時だったから、彼、とても緊張していたの。ほとんど新人みたいなものだから素直で、コミュニケーションしやすい人だった。
菊地:
それまでの作品でも、大役はほとんどなかったからね。
[ボンド俳優の重圧]
戸田:
でも、ボンドに抜擢されるっていうのは、良いことばかりでないとも言えると思う。ショーンはボンド・イメージを振り切るのにとても苦労したし、ロジャーやピアースも、最後までボンド俳優と言われてしまう。たしかに世界的に有名になるけれど、 一度ボンドを演じてしまうと、 ほかの作品に出る障害になる怖さもある。ボンド役が俳優としての自分の足を縛ることにもなりかねないのね。ダニエルは今、007以外の映画にも挑戦しているけれど、それがどれくらい成功するか。いい味を持った俳優だから、見守ってあげたいと思っています。
菊地:
ショーンは、ボンドから脱却するのに、本当に苦労したよね。失敗作もあったけれど、めげずに続けたから、「レッドオクトーバーを追え!」や「アンタッチャブル」といった名作にめぐり会い、今や「名優ショーン・コネリー」と呼ばれるようになった。
戸田:
あのままボンドを演じて終わってしまっていたら、今のショーンはないわけだから、辞めてよかったということね。新しいボンド役といえば、私はクライブ・オーウェンがぴったりだと思ったのよ。原作のボンドのイメージにとても近いし。でも「マイナス面」を考えたのでしょうね。オファーを断ってしまった。
[ボンド映画といえば?]
菊地:
’The name is Bond. James Bond.’(「ボンドだ。ジェームズ・ボンド」)このボンドの決めぜりふ。「カジノ・ロワイヤル」(2006)では一番最後に登場するね。
戸田:
今度の映画でも言っている……かどうかは、まだ言えないわ(笑)。
菊地:
あと、このせりふと同じくらい有名なのがウォッカ・マティーニ。ボンドと言えば、Shaken, not stirred.(「ステアせずにシェイクで」)。銀座のブリックで飲んでいたとき、バーテンダーに「ボンドはシェイクじゃない、ステアだよ」と言ったら、それは間違いだと言われて賭けをしたんだ。……そうしたら、反対だった!
戸田:
自分で翻訳したのに!
菊地:
「カジノ・ロワイヤル」でも注文していたね。「ジン3にウォッカ1、キナ・リレ1/2、レモン・ピールを添える」だっけ? 複雑だなあ。
戸田:
そういうこだわりがボンドなのよね。新しい作品でも……それは、お楽しみに!「カジノ・ロワイヤル」は舞台がすばらしかった。リゾートにカジノにファッション。ボンド映画は、ロケが華やかなのも魅力ね。世界のいろいろな場所を飛び回る。
菊地:
ベニスがよく出てくるね。水もあるし、建物もきれいだし、最高に絵になる街だから。ヨット好きとしては、南太平洋が出てこないのが少し残念。行っても近場のカリブ海(笑)。
戸田:
ロケ地もそうだけれど、作品によってテイストが違うのも楽しみ。
菊地:
ぼくには、話題性はショーン、娯楽性はロジャーっていう印象があるなあ。
戸田:
ボンドの演じ方が、二人とも全然違うものね。どちらが好きかによるけれど、ロジャーは洒脱というか……せりふでも翻訳者泣かせのダジャレ連発、軽快なボンドを創り上げた。時にはやり過ぎってところもあったけど(笑)。
[ボンドの魅力]
菊地:
ボンドの魅力って、やはりあの荒唐無稽さにあるんだろうね。
戸田:
あんな男は、現実にはいません(笑)。ファンタジーだけどドラマの中ではリアル。決してアメリカンコミックのヒーローじゃない。ああいうイギリスの男ってカッコよくって、私は大好き(笑)。
菊地:
僕はやっぱりボンドガールかな。カーチェイスや武器もはずせない。せりふもそうだけれど、ボンド映画って必ず「お決まり」があるよね。
戸田:
そうそう、ファンとしてはその「お決まり」を踏んでほしいと思うわ。私はボンドのエレガントさが好き。でも時代の要請か、だんだんとハードアクション路線に変わっていっている気がするの。それに、最近はQが登場しないのが残念。新しい発明を自慢げに説明するシーンが楽しかったのに。
菊地:
M役のジュディ・デンチも最近は主役。あとは毎回、迫力ある悪役を出すことが成功の鍵だと思う。
[映画史上最長シリーズ]
戸田:
このシリーズがここまで続いたのは驚くべきことね。原作は東西冷戦の話でしょう? 冷戦が終結したと同時に、ボンドが活躍する場は消滅したと思っていたもの。
この1冊で、ボンドの世界のすべてがわかる!
菊地:
ピアースあたりから、テロという言葉が登場したね。
戸田:
ソ連が大国だった時代から考えると、敵が小さくなった気がする。かと言って、ボンドが宇宙人と戦うなんてNG。冷戦後の世界でストーリーを作る苦労がしのばれます。
菊地:
互角にわたり合う敵がいないからね。
戸田:
それにしても、「ダイ・アナザー・デイ」(2002)で北朝鮮が登場したときは驚いたわ。ちょうど日朝の関係に緊張が走っていたころだったから。北朝鮮の国旗がバーンと登場するんだもの! 欧米から北朝鮮って遠いから、あまり気が回らなかったのかもね。
菊地:
結局、むかしのボンドは、もっとおもしろかったってこと?
戸田:
いいえ、最新作もおもしろいわよ。ファンの期待を裏切らないシリーズを続けるってことは、なかなかできることじゃない。いくら敵が小さくなったといっても、シリーズはきちんと続いている。ファンの年齢層も幅広いし、言い尽くせない魅力があるって証明だと思うわ。
菊地:
たしかに映画史上一番長いシリーズだね。 最近の映画は続いても、せいぜい3作で終わってしまうから。ちなみに戸田さんが一番好きな作品は、どれ?
戸田:
やはり、「ロシアより愛をこめて」かしら。ストーリー、キャスト、その他すべてが文句なしだったから。
戸田さん、浩司さん、貴重なお話をどうもありがとうございました!
「007大百科」発売!!!
シリーズ開始から46年、いまだに世界中のファンを魅了してやまない007/ジェームズ・ボンド――。
「カジノ・ロワイヤル」まで21本の作品に登場した、6人のボンド俳優、24人の悪玉、78人のボンドガール、112の秘密兵器を、豊富な写真とともに詳しく解説した胸躍るファン待望の大百科が完成しました。実際の製作で直面した困難や苦労話も本書ではじめて明かされます。
☆書籍概要
原作者イアン・フレミング /ボンドの人物像 /ボンドを演じた俳優/ 悪役 /ボンドガール /脇役/乗物/武器と装備/ 映画制作の舞台裏……目次より
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