●日本画家 澁澤卿
+
●字幕翻訳家 菊地浩司+アシスタント小玉展子(2008年8月1日 鎌倉自宅にて)
●日本画家 澁澤卿 第4回 不治の病からの生還
2008.09.05
[体力には自信があった――]
菊地:
大病を患ったとのことですが……。
澁澤:
はい。これまで健康だけがとりえでした。芸大時代にもほとんど寝たことがありませんでしたし、絵描きになってからも寝る間を惜しんで絵を描いてきたのです。
菊地:
学生時代も寝ずに絵を描いていたのですか?
澁澤:
いやいや。芸大時代は朝まで酒を飲んでいたのです(笑)。一晩で六本木・赤坂・原宿へと流れていくんですね。それで朝になると通勤客と一緒になって原宿から電車に乗って学校に行っていたんです。教室には行きませんでした。食堂に直行です(笑)。
そのうちに教授が私のことを呼びにくるんです。パーティーに行くぞってね。かばん持ちをやらされていたんですよ。
小玉:
当時の芸大生の生活ぶりを教えてください。
澁澤:
芸大生は全般的によく飲んでいましたよ。でも私が一番悪かったんじゃないかな(笑)。
(この後、芸大時代の悪童ぶりを次々と告白していただきましたが、ネットとはいえ掲載できないのでやむなくカットいたしました)
菊地:
当時の学生は今よりもずっと遊んでいたけど、いくら私でも澁澤さんほどではなかったですよ。ところで病気の話の続きを聞かせてください。
[骨がボキボキ――多発性骨髄腫]
澁澤:
そうそう病気の話でしたね(笑)。
昨年のことでした。とつぜん骨がボキボキと音がたてたのです。疲労骨折かなと思って病院に行きました。貧血の兆候があると言われました。貧血で骨折といえば危ないわけです。そこで精密検査をしたところ、多発性骨髄腫だということがわかったんです。
小玉:
いわゆる血液のガンと呼ばれる重病ですよね。
澁澤:
はい。インターネットで調べると余命3〜4年って書いてありました。すぐに入院です。ステロイド剤を投与されて。これって最初は気持ちいいんですよね。マリファナと同じですから。ところが副作用が出てくると、非常にきついんですね。
それでも坊主ですから人間の死を間近で見てきました。だから死ぬこと自体は怖くないし、簡単に受け入れられるのです。ただやはりそのとき描いている絵が最後になるかと思うと納得できないんです。療養中も絵が描けるときは描いていたのですが、なかなか満足できる絵が描けなくて落ち込みました。
菊地:
病気よりも自分の作品に納得できないから、死に納得できないというのは、芸術家らしいというか……
澁澤:
ちょうど一年前の今日に移植がはじまったんです。造血幹細胞移植というものです。抗ガン剤を投与して白血球値を落とすと、造血幹細胞が大量に作られて血液に出てくるので、それを取り出すんです。
ところが治療は失敗してしまいました。白血球値が下がりすぎてゼロになって、体中のふるえが止まらなくなったんです。そのまま病院に担ぎ込まれました。
菊地:
よく生きて帰って来られましたね。
[順調な回復]
澁澤:
本当にラッキーだったと思います。白血球をゼロにしたことが幸いしたのか、造血幹細胞をガン細胞がない状態で取り出すことができたようなのです。で、それを自分の体に戻すんですね(自家末梢血幹細胞移植)。
移植がうまくいくと、4日ぐらいで造血幹細胞が血液を作り出すようになるんです。この間に血の入れ替えが起きるんですが、一時的に血がなくなる状態ができるんですよ。そのときは苦しかったです。血がないんですから人間じゃないですよね。抗ガン剤を使うんですが、ひどい吐き気で苦しかったです。
その後の回復は順調でした。一週間で十分な血が作られたのです。記録的な早さだったそうで、ガン細胞も消えてしまったということらしいのです。
骨も3か月ほどで再生しました。そろそろかなって思ったので、医者に「先生、ゴルフをやっていいですか」と聞いたら、あっさりOKが出たんです(笑)。
それまで食事も満足にできず、体もやせ細っていたのですが、健康になったとたんどんどん体重が増えてしまって、結局病気前の体重に戻ってしまいました(笑)。
菊地:
生還できただけでも御の字ですよ。その間活動は止まっていたのですか?
澁澤:
病気の直前に中国美術館での展覧会の企画の話が決まっていたのです。ところが病気になってしまったので、出展の話は流れてしまいました。
ところが中国側は私が死ぬと思ったのか、その代わりに賞をくれると言い出したんです(笑)。ただ私の作品を中国人が見なくてはならないということで、みんなで中国に行くことになりました。中国の方々にはとてもよくしていただきました。人民大会堂で歓迎パーティーを開いていただき、和平発展貢献賞もいただきました。
菊地:
長年のキャリアが中国政府から認められたということですから、これは文句なくすばらしいことです。軽々と国境を越える芸術の力が澁澤さんの作品には宿っている証拠です。まだまだお聞きしたいことがたくさんありますが、時間となってしまいました。
今日は貴重なお話をどうもありがとうございました。








