●日本画家 澁澤卿

●字幕翻訳家 菊地浩司+アシスタント小玉展子(2008年8月1日 鎌倉自宅にて)


 

●日本画家 澁澤卿 第3回 日本画の将来

2008.09.04



[日本の色彩感覚は世界レベル]


菊地:
澁澤さんの絵の色彩は、本当に繊細で上品ですね。


澁澤:
私だけではありません。日本人の色彩感覚は欧米で大いに評価されています。もっと積極的に絵画も海外に紹介すべきですね。


菊地:
澁澤さんは中国やヨーロッパで数多く個展を開いていて、海外の評価を直に経験しています。やはり日本人との色彩感覚は違いますか?


澁澤:
中国は文化大革命が原因で絵画は20年ほど遅れていますが、水墨に関してはすばらしい感性があります。ただ色彩の感覚に繊細さが欠けているようです。欧州はさすがに歴史と伝統があり絵の鑑賞力に優れています。日本は、古くから東西の芸術を取り入れ、それを消化しながら色彩感覚を磨き上げてきたので、その点では世界レベルに達しています。



「日本の画壇」


澁澤:
日本の画壇は日本だけで成立しています。作品を外国に出すと、上下関係や相場が崩れるから鎖国を決め込んできたのです。それは日本の画壇の悪い点です。もっと海外マーケットにも進出するべきだと思っていた私は、早い時期から海外で自分の絵を発表してきたのですが、海外では評価されても日本ではなかなか評価されません。


菊地:
澁澤さんは海外でも知名度がありますが、とくに中国での評価が高いですね。


澁澤:
いまは中国でも私の名前が知られるようになり、昨年秋には中国外務省主催で個展を開催し、その折中国政府より和平発展貢献賞をいただきました。それも地道に海外で自分自身を紹介する努力をしてきたからなのです。


中国政府主催での展覧会を開催していても中国政府より外国人に与える最高の賞を貰っても日本の政府は知らん顔です。


日本政府の文化当局は日本人芸術家の紹介にあまりにも不熱心です。世界で通用する日本人を育てるという意識が欠如しているように思います。


菊地:
でもなぜ中国で評価されているのですか?


澁澤:
水墨の世界に色彩を取り入れたのは私が最初です。水墨で秋の紅葉風情を出すことは不可能だと言われていました。水墨画の上に紅葉の色をのせるとき少し墨を混ぜるか原色をそのまま彩色します。そのとき黄色や赤色に墨を混ぜると汚く色がにごってしまいます。私の絵は新しい技法により色のにごりを押さえ彩色することに成功しました。この技法に中国の画家たちは驚き私の絵を認めてくれたのです。


菊地:
作品の色はとてもきれいで自然なのですが、澁澤さん独自の技法があってこそというわけですね。


澁澤:
日本で私の絵は水墨画とは言われませんが、中国では水墨画と言われます。墨の色を見極める力は国民の多くが持っているようです。個展会場で多くの一般の入場者が私の絵の下に隠れている水墨画を見つけたことには驚きました。


菊地:
澁澤先生の絵から受ける印象は、水墨画というよりは、細かく彩色を施した細密画というものでしたが。


澁澤:
細かく詰まって色が塗られているように見えますが、実は色が付いた絵の具は隙間だらけに塗られているのです。べったり塗ってしまうと、水墨で作り上げた空間表現が壊れてしまうのです。


菊地:
なるほど。もう少し詳しく教えてください。



[澁澤卿の芸術観]


澁澤:
この技法は私の芸術観と関わっています。
絵を描き始めた時点を時計の文字盤にたとえて0時としましょう。4時か5時ぐらいの段階になると、色彩ににごりがなく絵はとてもきれいに見えるようになります。ただこの時点で止めてはいけません。残念なことに日本画の多くはこの時点の美しさで見せてしまうのです。


というのは岩絵の具を膠(にかわ)で接着しますので油絵のように色を重ねていくことができないのです。油絵などの技法で描いている人はもう少し描き続け7時8時ぐらいになるとちょっと深みが出てきます。ここでも多くの人がやめてしまいます。


これをさらに進めて12時まで描いてしまうと絵は死んでしまいます。べったりして窮屈でおもしろくなくなるのです。良い絵とは10時ぐらいから12時に止まらず一気に通過し4時から5時あたりで止める。そのときようやく厭きの来ないきれいな絵が出来上がるというわけです。


菊地:
一見きれいに見える絵でもそこに安住せず、ひたすら絵に働きかけていくんですね。


澁澤:
下絵を描き、トレースして下塗りをします、そのときに下絵はほとんど見ません。そうすることで下絵を壊しています。下塗りを終えたら次に墨をかけて、その後拭き取りながら絵を描き出し、加筆して水墨画を仕上げていきます。2歩進んで1歩下がることを繰り返しながら描き続けて書き込みは12時まででも、12時にはとまらないようにしあげます。


菊地:
なるほど。油絵の手法のようにも見えるのですが……。


澁澤:
はい。むしろ油絵と同じように壊すことを意識的に行っているのです。壊しながら仕上げていくと窮屈な感じがとれていくのです。




菊地:
話は変わりますが、ポップというかサブカルチャー起源の芸術がありますが、アカデミックなそれとの区別はあるのですか?。


澁澤:
私たちのころはそういうジャンルの区分がとても厳しかったのです。池田満寿夫や横尾忠則など才能がある人でもまったく画壇に認められなかったものです。イラストレーターとしての扱いでした。現在もし彼らが若くてアメリカのオークションで扱われたら一点あたり何億っていう値段がつくのではないでしょうか。


いまアメリカのオークションで売れている日本人の絵画はマンガやイラストです。アメリカのマーケットがコンテンツとして日本の芸術家に目をつけ始めました。マネーゲームが始まって日本の絵画マーケットがそれに振り回されて動揺しています。


菊地:
そうですか。でもこれを機に世界に日本人が知られることになりますよね。



[絵画とマーケット]


澁澤:
確かにそうです。これを機会に日本画壇の閉ざされた門が開けば幸いです。アメリカは作家を作り上げて大きく売っていくという技術に非常に長けています。でも使い捨てにされてしまうことも多いのです。


以前私のところにもアメリカの画商がたくさんやってきました。名前を全米に売るためには大量の作品が必要なのですべてのタブローに大量の部数の版画を刷りたいと言うんです。しかし、もし売れずに版画が日本に大量に戻ってくると、私の作品は値崩れしてしまうことになります。それは困るということでその時は断りました(笑)。


菊地:
なるほど。絵には相場があるのですね。
ところで絵の価格が高騰したときに、画家にお金が入ってこないというのは変ですね。

<

澁澤:
自分の手を離れた絵の裏書き(その作品の作者であると認めて署名すること=裏書きするだけで絵画の値段が跳ね上がる)を頼まれることがありますが、私の懐には一銭も入ってきません(笑)。


肖像権や作品の著作権に関しても日本の画家は無知です。いままでの業界の風習でカタログや雑誌などに勝手に作品が掲載され販売に利用されたり、顔写真や住所、電話番号も掲載されます。個人情報保護法って適用されないのかな? 


私は作品に関しては、自分で著作権登録をしていますが、ほとんどの日本人画家はそれをやっていないと思います。時代は急激に変化しています。われわれ芸術家もアトリエにこもって絵を描いているだけではだめな時代がやってきました。
第4回に続く


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